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フェイシャルリフレクソロジーができるまで

2008年02月19日
(前回からの続き)

ある時、ロネさんはコパウルという温泉地に、バケーションに出かけます。
ここは南アメリカの原住民たちが、一時的にテント生活をしている場所でもありました。

ヨーロッパ人である彼女は原住民を見たのが初めてだったので、興味津々で彼らを眺めていると、その中のある女性が地面に座ってあぐらをかき、前に寝転がった人の顔に何やらトリートメントらしき事を行っていたそうです。
よくよく観察していると、顔のゾーン刺激をしているようでした。

これはインディオ達の間で伝えられてきた民間療法に違いない!と直感したロネさんは、言葉も通じないのに彼らに近づいて行って、そばでじっくりと観察しました。
彼らの方も金髪碧眼の外国人が珍しかったのか、嫌がるそぶりもなくニコニコして好きにさせてくれたそうです。
こうして、コパウルにいた10日間の間、毎日メモを片手に彼らの元に通いました。

これが、フェイシャルリフレクソロジーの第一歩です。

この時、行っていた南アメリカの先住民のゾーンチャートは、今では施術の中で非常に重要なパートになっています。


バケーションから帰ってきたロネさんのクリニックに、スサナさんという21歳の女性が訪れます。
彼女は19歳の時に脳内出血を起こし、重度の後遺症が残っていました。
身体の硬直が強く、足も変形して歩く事が出来ず、一人ではトイレも食事もできない状態でした。

最初、フットリフレクソロジーを8回行いましたが、望むような結果が出ませんでした。
そこで、南アメリカの原住民が行っていた顔のゾーンセラピーを試してみたところ、なんと、1回で手がパッと開いたのです。
フットリフレクソロジー、中国式のツボ、南アメリカのゾーンセラピー、この組み合わせを週に2回、1年間続けました。
1年後には、肘のわずかな角度以外はすっかり回復し、スサナさんは今ではロネさんの秘書をしています。


バイアブランカでは、スサナさんの事が新聞に載り、大変なニュースになりました。

それと同時に、クリニックを訪れる人々の数も急増し、それはもう、まさに押し寄せる、といった表現がぴったりの状態で、クリニックのある山の上から山の下までず〜〜〜〜っと長い車の列ができ、施術を受けるまでは車中泊で辛抱強く順番を待っていたそうです。

この頃、ロネさんは早朝から深夜まで働き続け、1週間に約120セッション行っていたとか。
さすがに一人では対応できない、ということで移住してから8か月後にリフレクソロジーの学校を設立します。
これが、後々、世界25か国に広がるロネスクールの最初の学校です。
この後、アルゼンチンでは13年間で3つの学校を作ったそうです。


バケーションの1年後、再びコパウルを訪れます。

南アメリカの原住民の人々は移動生活をしているので、コパウルには1年の中で4ヶ月しか滞在していませんが、この時も偶然に会うことができました。
再び10日間通い続け、前回よりも深く理解することができました。

そして、このセラピーは女性は予防のために毎週受けていて、男性はトラブルが起きた時だけ受けて、子供は風邪をひいて熱が出た時に受けに来る、ということが分かったそうです。



まだ続きます。


-FR(フェイシャルリフレクソロジー)